昨夜から今日にかけて、とてもびっくりするような出来事が起きた。
もう何年も前のこと、イギリス人の仏教尼僧の友人、シスター・ケーマに誘われて、ミャンマーはヤンゴンのとある瞑想センターで年末年始を過ごしたことがあった。
私は当時、2年ほど日本に住んでいたのだけれど、その間も年に1,2回はスリランカを訪れていた。
その前の夏、スリランカに行って、当時彼女の住み込んでいたお寺に泊めてもらった際、私がライブラリーの本を手に取ってパラパラとめくっていたら、彼女が言ったのだ。
「あらエリコ、あなた、とても良い本を選んだのね。
その先生のティーチング、すごく良いのよ。
私、11月にミャンマー入りして、彼の瞑想センターで3ヶ月修行するつもり。
よかったら、あなた、冬休みに来ない?」
私は興味をそそられ、約2週間の冬季休暇を使って、ヤンゴンへと飛んだ。
2014年の年末、8年前のことだ。
その先生、アシン・テジャニヤのティーチングは、たしかにとても良かった。
ただし、日本人に人気のある瞑想センターではなかったし、もちろん日本語は通じない。
私の滞在中、私以外に見かけた日本人は、男性ひとりと女性ひとり。
そのふたりとも、海外暮らしの長い人びとだった。
だから、驚くほど良質の先生に教えてもらえる瞑想センターなのに、もったいないことに日本人にとっては「知る人ぞ知る」という範囲に留まっている、という印象だった。
それが、きのう、Twitterを開いたら、タイムラインに流れてきたツイートにあったその先生の名前が、カタカナで目に飛び込んできた。
一瞬、えっ?と思って、二度見したが、やはり間違いない。
ウ・テジャニヤ、と書いてある。
(アシン・テジャニヤとも呼ぶが、アシンとは尊称である)
あら、いつのまにか、アシン・テジャニヤを日本に紹介している人がいるんだ……
そう思って、ツイート主のアカウントを開いてみた。
するとそこには、上座部仏教の、えんじ色の僧衣を着た男性のプロフィール写真があった。
ツイートを少し遡ってみたが、ほとんどテジャニヤ師の瞑想指南の抜粋ばかりだ。
ミャンマーには、ヤンゴンだけでも3桁の瞑想センターがあるはずだけど(とはいえ、もちろん英語で教わることができる場所は限られている)、この人はアシン・テジャニヤのティーチングが特別好きなのだな、とわかった。
懐かしさもあり、最新のツイートにリプライをつけた。
「一度彼の瞑想センターを訪れたことがあります。良い先生ですよね」
すると、それに対して、思いがけない返信がついたのだ。
「えりこさん。2014年の暮れに来られた方ですよね。
おぼえていますよ!お久しぶりです!」
………えっ!
思考が止まった。
つづきはまた。